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安全な教習所の中で 〜インド音楽じゃ食えない〜

前回の投稿で指摘した「インド音楽じゃ食えない」理由と問題点。

記事:「インド音楽じゃ食えない」


ひとつひとつ見ていきたい。


インド教習所_s




まず、最初の指摘から



1)環境がクローズである。

・時代がこれだけ変化しているにも拘らず、
「悠久のインド」も「神秘のインド」も60、70年代のヒッピー時代からアップデートされないコピーである。

・高度な体系や理論、伝統の厳格さなどを説明することは、
 敷居の高さを感じさせはしても価値にはつながっていない。


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「悠久のインド」「神秘のインド」については、先の記事でも触れた。

記事:「伝統継承の作法 〜インド音楽じゃ食えない〜」

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高度な体系や理論、伝統の厳格さなどはあるけど、
それを説明することは、例えば教習所で交通ルールを説明することに過ぎない。
ルールをいくら知っていても、運転が出来るようにはならないのと同じで、
実践を通していくしかない。


インド音楽なら、インドの現場で、自分の目で見、自分の耳で聴き、
自分の肌で感じて、その実践を積むしかない。
インドで、出来れば現役で活動する師匠に付いて、実際のステージでの演奏、バックステージでの様子、
そして、背景にある文化的なものや人間的なものまで、自分の肌で感じ、教わることが重要になってくる。


そして師匠に学ぶだけでなく、インド人ミュージシャンとも実際に練習や交流をして学び、
そこにあるエネルギーや時代の空気も感じていく必要がある。
そういう雰囲気の中で、インド音楽が表現しようとしているものを吸収し、
自分の表現力に変えていくことが重要だ。


たとえ、厳格にルールの解説や説明をし、そして理論通りの演奏をしたとしても、
教習所で交通ルールに忠実な模範運転をしたところで、
それを観るために一般の人は誰もお金を払おうとはしないだろう。
観る価値、聴く価値のある音楽を演奏することは、教科書通りに演奏することとは別のものなのだ。

まして安全な教習所の中から、F1サーキットの厳しさと危険性を唱えたり、
あれはルール違反だから駄目だなどと言っていても意味がない。



教習所の中で、教習所の中の人達だけに向けて演奏されているような閉じた状況は、
変えていく必要がある。


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