タブラ奏者 指原一登 オフィシャルサイト

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先日のライブ映像「ドゥルット」

このライブ映像は、「ドゥルット」という早いテンポで演奏するパートのものだ。


https://www.youtube.com/watch?v=FS57kgDNS3E




早いテンポから生まれる音楽は、軽やかさ、楽しさ、めくるめく変化する情景などのイメージがあって、テンポが早いために、シタールもタブラもスピード感のあるフレーズでエキサイティングな演奏になる。

このパートの持つ最も重要な意味は、つぼみから花が咲こうとする様に、音楽がまさに開こうとする、生命の息吹きの様な躍動感と力強さだ。

その後は、ジャラという更に早いテンポの、まさに満開というイメージのパートがある。

だからこの「ドゥルット」パートは、その直前のちょうど今の季節のようなイメージと言える。




だけど、このパートのテンポが遅かったりすると、華やかさがなくなり、走馬灯の様に立ち現れる情景もなくなってしまう。それだけでなく、このテンポで、スピード感のある力強いフレーズを演奏できないでいると、生命の息吹きが死んでしまう。

当然、この後に花が開く事もない。

演奏の中の最も華やかな部分だから、インドだと、まず許されるところではないけれど、日本での場合、技術面やイマジネーション不足で、どうしてもこのパートのテンポが遅くなってしまう。

結果、華やかさも乏しくなる。

インド音楽がいつ始まって、いつ終わったのか分からない、演奏中ずっと眠たかった、などと一般的に言われてしまう原因は、まさに演奏者の技術やイマジネーション・力量不足だ。




それらの不足を、演奏者の立場からの意見として、瞑想やスピリチャルということで置き換えたり、イマジネーションとは別の理論や厳格さという話で聴き手を圧倒したとしても、補えるものではない。結果としての音楽は何も変わらないからだ。

確かに瞑想やスピリチャルの側面もあるし、理論や厳格さもあるけど、まずは演奏者として、本来の演奏すべき音楽が表現できないのであれば、それらは全て、机上の空論に過ぎないのではないだろか?




まだまだ納得がいく演奏が出来ている訳ではないけど、インド古典として本来の演奏すべき音楽を表現し、伝える努力は惜しまず今後も修練していくつもりだ。

ぜひ、次回のライブにも足をお運びください。


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