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盤山宝積禅師の詩


中国の中唐時代の禅僧、盤山宝積(ばんざんほうしゃく)禅師の詩

向上一路

--- 


向上一路 千聖不伝
学者労形 如猿捉影


向上一路(こうじょういちろ)は
千聖(せんしょう)も伝えず
学者形を労すること 猿影を捉えるが如し


---



上の漢文は、「学ぶだけでは、物事を正しく捉えることはできない。
実体験によって、はじめて自分のものとすることができる。」という意味のもの。
 
理想を目指して高きに向かって進んでいく時、千人の聖者の言葉を聞くことも必要だけれど、結局は自分で体当たりに苦しんでみて、めいめいの人が体得し、解明すべきことであるということ。

千人もの聖者が来ても、それを伝えていないという。
あくまでも言葉としてはいろいろ教えてくれていても、結局生きていくということは自分の問題でしかない。
ここに工夫が必要となってくるわけだ。

「学者」というのは、学問の世界の学者というよりは、むしろ道を求めて学ぶ者。
前回の「毒矢のたとえ」と同じように、その学ぶ者が、物事の外側の、理屈的なこと、概念的なこと、理論的なことに引きずられてしまうと、それは水に映る月影を猿が取ろうとする、その愚かさに似たものとなってしまうであろう、とこういうことを言っている。



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インド音楽は、「自分で考え、行動し、創造し、向上していくこと」を高度に要求している音楽だ。

言われた事を守るだけで、自分で考えるのを止め、自分の目で見ることを止め、自分で工夫や試行錯誤をせず、理論だけに囚われていては、それこそ「猿影を捉えるが如し」だ。


では、創造していく、クリエイトしていくとは?


それはめいめいが体当たりで体得して行くしかない。
それも本当のインド音楽が発生している現場で。
だからインド音楽を体得し向上していくためには、インドに行って揉まれる以外に方法はない。


明後日にはいよいよインドへ発つ。

有難いお話をいくら聞いていてもダメ、自分で体当たって揉まれもがく以外に向上の道はない、というのだから、それをひたすら実践するだけだ。



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