タブラ奏者 指原一登 オフィシャルサイト

新着情報・ライブ情報・ブログは、新オフィシャルサイト kazutosashihara.com へ移行しました。HEAT bEAT MUSIC 主宰。公演企画・タブラ教室の運営を行っています。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

遊び上手

平安時代末期に編まれた歌謡集「梁塵秘抄」の中に出てくる有名な歌がある。

梁塵秘抄_s

「遊びをせんとや生まれけむ。戯れせんとや生まれけむ。遊ぶ子どもの声きけば、わが身さえこそ動(ゆる)がるれ」

いくつかの現代語訳はあるようだけど一般的なのは、

「遊ぶために生まれて来たのだろうか。戯れるために生まれて来たのだろうか。遊んでいる子供の声を聞いていると、自分の身体さえも動いてしまう。」

言葉通りに素直に解釈した場合は、「子どもが遊ぶときは、時の経つのも忘れて、夢中になる。子どもが遊ぶみたいに、夢中で生きたい」という意味になるそうだ。



インド音楽もまた、「遊び」の中から生まれ発展してきたのだと、インドでの優れた演奏に接していると感じる。
それは優れた演奏家には人をワクワクさせる力を感じるからだ。

以前から、「消費と創造」というテーマで考えている。インドや日本でインド音楽を学び、何の創造もなしに演奏すれば、それは消費しているだけに過ぎないのではないか?という疑問を持ってきた。

形式や知識は、その音楽を形作るためには重要であることは確かだが、習ったフレーズや決められた形式をなぞっているだけでは、単に消費しているだけにすぎない。



「遊び上手な子は、遊びをいっぱい知っている子ではありません。遊びを創り出すことが出来る子が『遊び上手な子』なんです。」

というを言葉を、ある記事で見つけた。

http://plaza.rakuten.co.jp/moriheikou/diary/201111050000/

やはり消費と創造という切り口で書かれたものだ。


優れた演奏家には形式や理論は守りつつも、さらに「遊び」を生み出していく力があるのだと思う。

それは明らかに、消費ではなく創造によって生まれる。

あのワクワクする輝きは、まさしく創造によって生まれている。

それは過去の偉大な演奏家の功績だけを崇め、現在を否定していては生まれない。
過去の優れた演奏は、音源や映像に残っていれば聴ける。
だけど本当の意味での感動はやはり現在進行形で自分の皮膚で聴いて感じたものだけだ。


来年、1月から再びインドに行く。

今回は、出来るだけ同世代の若い優れた演奏家の中に入り、交流や実践を通して自分の体に、これから生まれてくる「遊び」を感じて来たい。

そして、共に新しい「遊び」を創造していきたい。

関連記事

| 音楽 | 17:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://kazootbeat.blog47.fc2.com/tb.php/400-44ca1332

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。