タブラ奏者 指原一登 オフィシャルサイト

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形骸化


懲りもせずまた難しいことを書こう。


舞台、映画、芝居や音楽も含めて、ある一定の時間を体験として不特定多数の人と共有するような作品では、最終的なところまで辿り着くのに実に膨大な時間と労力が注ぎ込まれている。

インド古典音楽の場合、その時間と労力はほとんど個人的な部分に費やされる。それは即興演奏という形態があって、個を極限まで高めて個人を超越していこうとしている部分があるから。まず型をなぞるまでの技術修得も個人的な作業として必要、その質を上げて行くことも必要。そこに向けられる努力は本当に必要だし1ミリも間違ってはいないけど、ちょっと視点をずらして、何のための型かと見てみると、「そこだけ」をやっているってことはどうなの?となる部分が見えてくる。


ここで例として、剣術の型において面白い言葉がある。
「戦いの中で型の順序そのままに動くことには意味がない。型は身体の運用理論であり、実戦に対応するための動きを作り上げる手段(方便)である」と黒田鉄山という人は言っている。「型の要求通りに動こうとすることで動きの質が変化する。逆に、表面の動きだけを似せて自分の動きやすいように動いてしまうと、型は形骸化する」とも。


上の言葉を音楽に当てはめてみるとどうだろう?
なんだか驚く程ぴったりくると感じる。
もちろん目指してる音楽を実戦と定義すればだけど。


剣術でも型の披露と実戦は別物。





ところで、シタール奏者・ヨシダダイキチさんのページの「聞いてみました」というコーナーで、僕のインタビューが紹介されています。良かったらご覧ください。
https://www.facebook.com/sitar.yoshidadaikiti




そしてまた懲りもせず90分の演奏をします。

141115_flyer_yuudo_s.jpg

「でも90分も演るって縁者側の一方的な押しつけじゃね?独りよがりじゃね?」 
という声も聞こえて来そうですが、、

音楽そのもののみならず目指してるものが何らかの事象として現れてくれば、これは誰にとってもまず悪いことではないので、
とりあえず、難しいこと抜きに純粋に演奏をお楽しみください。


11/15(土) 目白にて14:30〜です。
https://www.facebook.com/events/318305458341731/

どうぞお楽しみに!

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