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「学ぶこと」の代わりに行うこと


「その分野を学ぶ代わりに、その分野のことを考える。その分野の生徒になる代わりにその分野に”なる”。



もしかしたら何か新しいものを創造できるかもしれない。」


http://logmi.jp/19098



過去の天才たちが「学ぶこと」の代わりに行っていた”あること”について13歳の少年が語った内容についての記事。
stop learning, start thinking, start creating, be the field.






これを例によって、インド古典音楽に置きかえてみる。


まず、インド音楽に限らず伝統の世界では「一生修行の身」であるということが言われる。

伝統であるから、もちろん受け継がれて来た膨大な知識・技術・精神等を学び、磨いてく。そこに天井はないから一生仕事になる。
確かにここに間違いはない。


ただ、ポイントは一生Learnerでいる限り一生何も「創造」することは出来ない、ということ。




例えば、ラヴィ・シャンカール。
彼がいなければインド音楽がこれほど世界中に広まることはなかっただろう。
彼がしたことはまさにThinkとCreateだ。
その自伝の中でも、「口頭伝承と即興を基盤としている北インド古典音楽が持つ本質は、絶えず形を変えていくことを求めること」と言っている。
受け継いでいるだけではないということ。


彼の師匠であるアラウッディン・カーンもまた革新者だった。


インド音楽の基礎は全て声楽だと言われるが、その声楽の要素をさらに加えて器楽音楽に変革をもたらしたヴィラヤット・カーン。


インド古典には不向きだと言われたサントゥールを、インド音楽における重要な楽器にしたシヴクマール・シャルマ。



メロディとのコンビネーションなどタブラの可能性を広げ、それ以降のタブラ奏者の地位まで変えてしまったザキール・フセイン。

など、インド音楽には、その時代時代を切り開いたパイオニアが沢山いる。




それは彼らが天才だったから?そう言いたくはなるけれど。。
もちろん途方もない献身はある。
ただ、それぞれの変革をもたらした直接の理由については、「天才だったから」でなく少年の言う通りだと思う。


色々な状況・環境はあるにせよ、「彼らがしたすべてのことは、学ぶことから考えることへ、そして創造することへ移行したということ」と、この少年は語っている。
一方で「高い能力を持ちながらも創造をしない人達もたくさんいる」とも。



インドに行って先生に習う、でもずっと先生の側で学んでいられる訳ではない。
年間の大半は日本にいる。

その間にやるべきこと。その指標になるんじゃないかと思う。
start thinking, start creating



インド古典音楽は譜面通り演奏されるものではなく、即興をベースとしている点、これは古典とは言ってもこの音楽がもつ「未来へつながる可能性」の大きな要素だと思う。


古きを保存することでなく、現代に伝わる音楽として演奏することが出来る。
そしてその点こそ、外国人であろうとこの伝統音楽を取り組んでいける可能性なのではないかと思う。




「その分野を学ぶ代わりに、その分野のことを考える。その分野の生徒になる代わりにその分野に”なる”。
もしかしたら何か新しいものを創造できるかもしれない。」


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