タブラ奏者 指原一登 オフィシャルサイト

新着情報・ライブ情報・ブログは、新オフィシャルサイト kazutosashihara.com へ移行しました。HEAT bEAT MUSIC 主宰。公演企画・タブラ教室の運営を行っています。

2015年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年04月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

インド音楽じゃ食えない。

IMG_4806_s.jpg


インド音楽じゃ食えない。


日本では、もう何十年もそう言われ続けてきて、それは、もはや当たり前の前提にすらなっている。そして誰もそれに疑問すら持たなくなっている状況がある。

その状況で、疑問すら持たれず取られてきた方法というのは、

・「悠久のインド」「神秘のインド」というイメージを打ち出す。
・ いかに高度な伝統音楽であるかを説明する。
・ 愛好家同士の内輪で盛り上がる。


というようなものだけど、果たして食えるだろうか?



-----


仕事になるということは、社会の中に価値を生み出し、提供し納得してもらうということだ。

食えないということは、そこに価値は生まれていない。価値はないということだ。


-----

日本でのインド音楽のあり方、現状を客観的に見たときに、問題点は大きくふたつに集約される。これを具体的に見てみる。



1)環境がクローズである。

・時代がこれだけ変化しているにも拘らず、「悠久のインド」も「神秘のインド」も60、70年代のヒッピー時代からアップデートされないコピーである。

・高度な体系や理論、伝統の厳格さなどを説明することは、敷居の高さを感じさせはしても価値にはつながっていない。

・内輪と外の温度差、スピリチュアルや哲学との結びつきやすさ、そして衣装などの視覚的イメージも、温度差を広げ壁を高くすることに貢献している。(外界との壁が高くなればなるほど、内側にいる人間にとっては居心地がよい、という原理がある。)

・しばしば日本社会の特徴としても見られる部分だけど、世界に対してクローズであるということ。インド音楽は「今ここで生まれる音楽」としての性格が強いため、世界中、特にインドでは、どんどん新しい試み、試行錯誤が行われ、次代へつながる活力が生まれている。だけど、そういうリアルな現場と関係のないインドに行かない活力のないインド音楽が蔓延している。



2)力量不足

・1)の結果であるとも言えるけど、一般の音楽リスナーの耳から認められる音楽レベルに達していない。

・インドとの関係が希薄なため、本来のリアルな音楽に必要な表現力や活力が内包されていない。結果、価値の生まれるべき表現、音楽レベルに達していない。

・理論をいくら守っていても、イマジネーションがなければ「今ここで生まれる音楽」は生まれない。この部分は、リアルな現場で体験として身につける必要がある。




-----

実際、上述の点はみんな繋がっているし、同根でもある。世界の潮流からみると、日本の状況はガラパゴス状態の危機にある。また、食えない食えないと言いながら、何もせず、内輪だけで楽しくやれたらいいというのは、沈んでゆく船の中で、窓の外の現状を見て見ぬ振りしているに等しいと言える。


成立しない。



現状を打破する必要があるのなら、考え方もやり方も変えなければいけない。

では、いかにして取り組むか?


そこが本丸だ。


また続きを書いていきたい。



| インド音楽 | 14:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

先日のライブ映像「ドゥルット」

このライブ映像は、「ドゥルット」という早いテンポで演奏するパートのものだ。


https://www.youtube.com/watch?v=FS57kgDNS3E




早いテンポから生まれる音楽は、軽やかさ、楽しさ、めくるめく変化する情景などのイメージがあって、テンポが早いために、シタールもタブラもスピード感のあるフレーズでエキサイティングな演奏になる。

このパートの持つ最も重要な意味は、つぼみから花が咲こうとする様に、音楽がまさに開こうとする、生命の息吹きの様な躍動感と力強さだ。

その後は、ジャラという更に早いテンポの、まさに満開というイメージのパートがある。

だからこの「ドゥルット」パートは、その直前のちょうど今の季節のようなイメージと言える。




だけど、このパートのテンポが遅かったりすると、華やかさがなくなり、走馬灯の様に立ち現れる情景もなくなってしまう。それだけでなく、このテンポで、スピード感のある力強いフレーズを演奏できないでいると、生命の息吹きが死んでしまう。

当然、この後に花が開く事もない。

演奏の中の最も華やかな部分だから、インドだと、まず許されるところではないけれど、日本での場合、技術面やイマジネーション不足で、どうしてもこのパートのテンポが遅くなってしまう。

結果、華やかさも乏しくなる。

インド音楽がいつ始まって、いつ終わったのか分からない、演奏中ずっと眠たかった、などと一般的に言われてしまう原因は、まさに演奏者の技術やイマジネーション・力量不足だ。




それらの不足を、演奏者の立場からの意見として、瞑想やスピリチャルということで置き換えたり、イマジネーションとは別の理論や厳格さという話で聴き手を圧倒したとしても、補えるものではない。結果としての音楽は何も変わらないからだ。

確かに瞑想やスピリチャルの側面もあるし、理論や厳格さもあるけど、まずは演奏者として、本来の演奏すべき音楽が表現できないのであれば、それらは全て、机上の空論に過ぎないのではないだろか?




まだまだ納得がいく演奏が出来ている訳ではないけど、インド古典として本来の演奏すべき音楽を表現し、伝える努力は惜しまず今後も修練していくつもりだ。

ぜひ、次回のライブにも足をお運びください。


| 音楽 | 23:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「今ここで生まれる音楽」

「今ここで生まれる音楽」

PK-_1900153c_s.jpg


先日の高円寺でのライブへは、初めてこの音楽を聴く方にも沢山ご来場いただきました。
お越しくださいました皆様どうもありがとうございました。



初めての人にも理屈抜きに通じる、そして、インドでも通じる、この2点は当然目指していく必要がある。


安直に敷居を下げるのではなく、90分間、いかにメリハリの効いた、聴き手の想像力を刺激出来る演奏を提供できるか?その創造性が「今ここで生まれる音楽」を生む。

インドで次世代を担う若手ミュージシャン達と練習・交流し、揉まれながら、彼らの目指すクオリティ、創造力、エネルギーから学び「今ここで生まれる音楽」を吸収する。

これらを追求して、インド音楽本来の華やかでエネルギーに満ちた演奏を届けたい。それを目指さないものは、「今ここで生まれる音楽」であるべき、今を生きるインド古典音楽ではない。


先日の演奏はマイクを使わず生音で行なった。またマイクを使った時とは違う体力がいる。でもそういう演奏力も通じる音楽のために磨いていくべき点だ。



その先日の演奏から一部抜粋。

是非ご覧ください。
https://www.youtube.com/watch?v=6d9AN4rpFQI


もっと細密に音楽的にしていかなくてはと反省する部分も沢山ある。毎回ライブの後には、ライブ録音、ライブ映像を何回も確認して、技術だけではなく、音の繋がりや意味、またそれが伝わっているか、などを秒単位でチェックする。

実際これは果てしない作業だけど、時間を作りお金を払って聴いていただくに値する、価値のある音楽を提供したい。






| ライブレポート | 22:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

明日3/12(木)は、『山北健一 x 指原一登』初演!

明日は、いよいよ『山北健一 x 指原一登』のDUO初ライブ。


150312_音金_fss


年始の初音合わせから、インド1ヶ月を挟んで、山北さんと何が出来るかをずっと模索してきた。


このプロジェクトが意義深いものであるというのは、もちろん最初からあって、
自分自身は、山北さんから、音質のクオリティ、ビートのクオリティ、グルーブのクオリティ、
その細部まで突き詰める精神と、それらを音世界に昇華する創造力を吸収できる。
山北さんの方でも、この10年、インド音楽のリズムアプローチを研究、様々な方法で取り入れてきた部分を、
もう一歩突っ込んで解明して、新たな音楽性の模索に繋げられる。
という点で、相互作用の強いものだ。




-----
conga_tabla.jpg


山北さんのような、プロフェッショナルとしての実績と、
並外れた実力をもったミュージシャンと練習やライブをしていく、
ということが自分の意識と実力も高めてくれることは言うまでもないけど、
そういう優れた人に、タブラのアプローチやインド音楽について説明し伝えるということは、
より深くタブラやインド音楽についての理解も必要になってくる。


山北さんのリリースしている楽曲にも、インド音楽の要素が感じられるものが少なくない。
でも実際にこのプロジェクトを始動してみて、注意深く見てみると、
ただ表面的に見えていたところ以外にも、本質的にインド音楽的な解釈ができる、
という部分がより見えてくるようになってきた。




-----
IMG_5037s.jpg


今回は、そういった中のひとつの楽曲を取り上げ、再解釈をしたもの、
そしてお互いの楽器の魅力を積極的に引き出す掛け引き、など色々やってみるつもりだ。

DUOの前には、それぞれのソロもやります。



『山北健一 x 指原一登』初ライブ、是非お越し下さい!


-----
2015年3月12日(木)
出演:山北健一(perc.)、指原一登(tabla)
場所:西荻窪 音や金時
   http://www2.u-netsurf.ne.jp/~otokin/
時間:開場18:30/開演19:30
料金:2500円
https://www.facebook.com/events/876624935722681/


| ライブ予定 | 23:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

タブラとコンガ ●3/12(木)『山北健一 x 指原一登』

昨日は、パーカッショニスト山北健一さんとのリハ。


タブラとコンガ(だけでないけど)のDUO。これが、どう有機的に必然性を持って音楽的に絡めるか、それをずっと考えている。

conga_tabla.jpg


ありがちなただのパーカッションセッションや、ただのリズムアンサンブルで終わるのでなく、もっと踏み込んだ音楽を、このDUOによる太鼓だけで創っていけると思っている。

それは、10年以上に渡りひたすらパーカッションソロを追求してきた山北さんには、グルーブを追求するという一方で、打楽器をリズム楽器としてだけでなく捉える意識があるし、実際にそういうアプローチをしているということが、まずひとつの理由として挙げられる。

そしてもうひとつは、タブラという楽器自体が、打楽器・リズム楽器というのに納まらない要素を内包しているということがある。



-----


しばしば聞かれることに、西洋音楽が「メロディ」「リズム」「ハーモニー」という要素で成り立っているのに対して、インド音楽は「メロディ」「リズム」のみで成り立っている、というものがある。そしてその「リズム」を担当しているのがタブラですよ、と。

ただ、これはものすごくデフォルメされた「悠久のインド」的発想*だ。

*「悠久のインド」的発想・・・あるものごとを、安易なイメージの型に押し込んでステレオタイプ化すること。

実際の音楽の中では「メロディ」も「リズム」も不可分に絡み合っている。とりわけインド音楽では、それが高度に絡み合い、その場その場で複雑なパズルを組み立てていくようなことが演奏の中で行われている。だから「タブラ=リズム」という単純な図式では演奏出来ない。


-----




ただのリズムセッションではなく、あくまでも音楽的なものとして取り組んでいるこのDUOも、インド音楽をやることとなんら意識の上では違わない。

違わないし、インド音楽を使ってこそできる表現、立体的なダイナミズムや躍動感やスリリングさ、情景描写といったものも具現化していくつもりだ。それだけでなく、インド音楽にも違う角度の視点を取り入れていくことができる。



来週に迫ったDUO初ライブを前に、今日のリハでは、いくつか具体的な形が見えてきた。これを元に、次回リハではもう少し音楽表現というところまで踏み込んでいきたい。

今後、時間をかけて形にしていきたいアプローチもある。そういう点でも、これからの進化も楽しんでいけるプロジェクトだ。



3/12(木) のライブ詳細はコチラ。

『山北健一 x 指原一登』

150312_音金_fss

[場所] 西荻窪 音や金時
東京都杉並区西荻北2-2-14 喜志コーポB1 TEL:03-5382-2020
[料金] 当日のみ 2500円
[主催]  HEAT bEAT MUSIC
[問合せ]  090-4201-6885 heatbeatmusic.mail@gmail.com

https://www.facebook.com/events/876624935722681/


是非お越しください!

| ライブ予定 | 12:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

●3/13(金)『中野優希スティールパンリサイタル』

来週、3/13(金)に開催される『中野優希スティールパンリサイタル』

150313_yuki_s.jpg

http://www.bluemallet.com/hpgen/HPB/entries/499.html




中野優希さんは、スティールパンというカリブ生まれの楽器を、既存のイメージや手法を打破して、その可能性を追求し、新しい形で表現していこう取り組んでいる奏者だ。

http://www.yuki-steelpan.com/

ただ新しいことをやろうとするだけではなく、この楽器の発祥地、本場トリニダード・トバゴで開催される世界三大カーニバル「トリニダード・カーニバル」内のコンペティションで優勝も経験するなど、この楽器やその音楽の文化的背景なども掘り下げた上で取り組んでいる。


-----


彼女の今回のリサイタルの中で演奏される、スティールパンとマリンバ、そしてタブラのために書かれた『Sanchari』という曲で参加する。

この曲は、インド音楽の考え方、リズムサイクル、表現手法をよく理解して書かれていて、とても興味深い。

ただインドの音階を取り入れましたとか、ただインド音楽の分割リズムを取り入れましたとか、インドの楽器を使って雰囲気出してみましたとか、そういう曲ではない。
楽器編成も編成なので、安易なインド風味は出しようもない。

この曲が持っているのは、インド音楽の構造的な部分。でも、それをまんまインド音楽としてではなく、現代曲として表現しようとしている。

ちなみに、この曲で共演するマリンバ奏者の大場章裕さんも、日本管打楽器コンクールで優勝するほどの実力だ。


-----




先日のリハでは、演出・総合監督でもある村上志麻子先生という方に、諸々の演出・アドバイスなどを細かく入れてもらう形で行った。

その中で、さすがだと思ったのは、楽譜を一読しただけで、場面場面で要求されている表現、楽器の特性を生かしたより良い表現が的確に見えているということ。

この曲が持っているインド音楽の構造や手法は、自分から見れば(聴けば)分かる。ただ、それが楽譜に書いてあってもまるで分からない。ましてインド音楽を知らない者からすれば、西洋音楽的な観点からでは、ただの謎の多い曲で、なぜそんな構造や手法を取るのかも意味は分からないだろう。

にもかかわらず、村上先生の指示やアドバイスは、驚くほど的確に曲の中のインド音楽である部分を浮かび上がらせていっていた。



例えば、「この同じフレーズが繰り返し現れる部分は、もっと大きな小節単位での大きなうねりが欲しい」といったようなこと。これはインド音楽が表現したいリズムサイクルの考え方と同じだ。

「繰り返されるフレーズの中にも抑揚や表現力での変化が欲しい」というのもインド音楽が表現したい色彩の微妙な変化といったものに通ずる。

「展開やシーンの最後に毎度現れてくる決まった歌い回しはしっかり強調したい」という点も、インド音楽が、大きなサイクルを旅して来た終点が始まりであるという世界観を表現しようとしている仕掛けの部分だ。

そういう作業から自分自身でも分かったのは、インド音楽を知っているからとか、知らないからとか、そういうことは関係なく、「音楽の意図を読み」「音の扱いによってどう表現していくか」という本質的な部分は西洋だろうが東洋だろうが別のものではない、ということだ。




こういった作業で浮かび上がって来たインド音楽的な特質によって、またさらにこの曲を理解することが出来た。

ただインド音楽の手法を取り入れて創ったのではなく、表現したい世界のための必然性があって、まさにそういうことを意図して書かれた曲だということだ。非常に野心的だと思う。
インド音楽が、その構造や性格を持ったまま発展していけるかという可能性にチャレンジしたものだ。こういうチャレンジはなかなかされていない。
今後の自分の活動にも参考にしたい部分だ。



もうひとつ気づいたのは、楽譜に書かれているという点で有効な部分は、その表現を徹底検証して表現に結びつけることが出来るという点だということ。
インド音楽には楽譜はない。どういうアプローチによって、音楽にどういう意味が生まれてくるのか、そういったことを客観的に認識し吸収する良い機会だ。


実際のインド音楽では、その場面や状況に応じて、即興演奏の上で様々なことを表現して行かなければならない。そのときに押さえておかなければいけない理論や知識・知っておくべき考え方や哲学といったものはあるけれど、この音を扱うということの本質的な部分は、しっかり掴んで行かないといけない。



-----


話は戻って、この『中野優希スティールパンリサイタル』オペラシティ公演。

スティールパンでホールコンサートというのはよっぽどないらしく、スティールパンのために書かれた本邦初公開の曲、クラシックや現代曲のチャレンジングな曲を扱うということで、各方面から注目を浴びているようだ。

チケットも有難いことにすでに完売とのこと。


| ライブ予定 | 00:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

3/12(木) パーカッションDUO『山北健一 x 指原一登』に当たって

3/12(木)の、パーカッショニストの山北健一さんとのDUO演奏に当たって。

yamakita_fullset.jpg

山北さんの生み出す音、その音に対する態度に触れていると、「正しい音を鳴らせば音楽は黄金に輝き出す」という、インド音楽で使われる言葉がふと浮かんでくる。


この「正しい音」というのは、理論的に正しいというだけでなく、次のような側面もある。


即興をベースに演奏されるインド音楽は、まるで複雑なパズルのように組み合わせるように、演奏者同士の駆け引きや、会場・聴衆との駆け引き、また時間、気候、季節、情景描写からイマジネーションといった要素まで、様々なものが絡み合っている。
その複雑なパズルを組み合わせていくための正しい音というのがひとつ。


もうひとつは、限りなくクリアーにその楽器を鳴らすということ。
クリアーに楽器を鳴らすということは、最も基本的な部分とも言えるけど、具体的には、正確なテンポを刻むこと、楽器を正しくチューニングすること、楽器の響きを良く聴き、身体に負担をかけず演奏し、精神的にも無為自然であることなども含まれてくる。

複雑なパズルを組み合わせるのも難しいけど、クリアーに楽器を鳴らすこの「体と心の構え」というものもやっぱり同様に難しい。


華やかさや深さ、情景の見える表現力を支えるのは、鍛錬されたこの「体と心の構え」だということを、山北さんには教えられる。

先日の練習では、もう一段上のクオリティーを持つための意識、練習法、コツについてや、独自のリズム哲学についても触れ、聞くことが出来た。頑固にこだわり抜いてきた先の哲学には説得力がある。すごい人だ。




山北健一さんのソロパフォーマンスの様子。



-----


11015421_655523917904103_1683254681_n.jpg

山北 健一 Percussionist  

http://www.matamrecords.com/index.php

1968年生まれ。85年、キング・サニー・アデのコンサートに足を運んだのをきっかけにパーカッショニストになることを決意。
86年、川瀬ドラムスクールに入門。
88年、単身ニューヨークに渡りラテン音楽のルーツやリズムについて学ぶ。
90年頃より精力的にバンドやセッションに参加しパーカッショニストとしてのキャリアをスタートさせる。
日野皓正、NORA、山下洋輔、坂田明、OBATALA、菊池成孔、川嶋哲郎、朝崎郁恵、Asa-Festoon、cocco、ヨシダダイキチ、ボアダムス、サイコババ 、他多数。

1998年よりソロライブ開始。
2001年1stアルバム『Compound』
2003年2ndアルバム『Talking Dorum』
2005年3rdアルバム『Abanico』
2006年ライブドキュメント『Another Dance』
2008年4thアルバム『Blue Moment』をリリース。
2014年5thアルバム『Silence Day』をリリース。



-----



●3/12(木)『山北健一 x 指原一登』

150312_音金_fss

出演:山北健一(perc.)、指原一登(tabla)
場所:西荻窪 音や金時
時間:開場18:30/開演19:30
料金:2500円
http://www2.u-netsurf.ne.jp/~otokin/


とにかく優れた人、上手い人と練習し、演奏していくというのが、今後の自分のテーマ。
今年、自分自身もこれで変わっていけるか、と位置付けている重要なプロジェクト。

是非お越しください。

| ライブ予定 | 00:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。