タブラ奏者 指原一登 オフィシャルサイト

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2014年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年01月

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冷暖自知

冷暖自知


冷暖自知


「水が暖かいか冷たいかは、自分が直に飲んだり手を入れたりすることによってはじめて感知できる」


真意は、体験から得た事だけが、正真正銘自分のものになるのだということ。





自分がインドに行くことは、まさにこれだ。


今時、優れた演奏のCDはもちろん、ネットで音源を聴く事も動画を観る事も出来る。レッスンもスカイプで行う事の出来る時代だ。

ただそれでは足りないのは、自分の五感すべてを使って、善し悪し、躍動感や生命力、息吹や輝きを感じ、自分の中に基準や価値を築いていく部分。たけどそれこそが自分の核を形成してくれる部分だ。




何が正しいか?


そんなことは実際、誰にもわからない。だけどひとつ言える事は、やっぱり「インド古典音楽」は懐古主義の音楽ではないということ。1000年前、300年前、100年前、50年前、そして現在。つながり継承されているけど表現手法は変化している。

「昔は良かった」という今のインド音楽批判にある理屈だと、際限がない。今の民主的な時代より封建的な宮廷音楽の時代の方が良かった、イスラム王朝が建国される前の巨大な寺院で演奏される宗教音楽の方が良かった、またそれより以前の土着で無垢な音楽の方がよかった。それはそれで構わないけど、そういうことはこの音楽の本質とは関係のない個人の好みだ。それもそもそも1000年前の宮廷音楽など誰も聴いた事のある人はいない。



自分の耳で聴いて、自分の目で見て、自分の肌で感じたものだけが、自分にとってはリアルだ。それを信じるしかない。


音楽は、世の中と切り離されたものではない。30年前と今現在が大きく変わってしまっているように、30年後はまた大きく世界が変わっているはずだ。そういう時代の流れの中で、生き残り継承される、ということは、逆にそれだけ大きく発展していなければならないと言える。



もう数時間で年が変わる。

年明けのインドから始まる一年は、未来に向けて歩を進めるため、貪欲にいきたい。



今年一年、関わってくださった皆様どうもありがとうございました!


| 音楽 | 20:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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遊び上手

平安時代末期に編まれた歌謡集「梁塵秘抄」の中に出てくる有名な歌がある。

梁塵秘抄_s

「遊びをせんとや生まれけむ。戯れせんとや生まれけむ。遊ぶ子どもの声きけば、わが身さえこそ動(ゆる)がるれ」

いくつかの現代語訳はあるようだけど一般的なのは、

「遊ぶために生まれて来たのだろうか。戯れるために生まれて来たのだろうか。遊んでいる子供の声を聞いていると、自分の身体さえも動いてしまう。」

言葉通りに素直に解釈した場合は、「子どもが遊ぶときは、時の経つのも忘れて、夢中になる。子どもが遊ぶみたいに、夢中で生きたい」という意味になるそうだ。



インド音楽もまた、「遊び」の中から生まれ発展してきたのだと、インドでの優れた演奏に接していると感じる。
それは優れた演奏家には人をワクワクさせる力を感じるからだ。

以前から、「消費と創造」というテーマで考えている。インドや日本でインド音楽を学び、何の創造もなしに演奏すれば、それは消費しているだけに過ぎないのではないか?という疑問を持ってきた。

形式や知識は、その音楽を形作るためには重要であることは確かだが、習ったフレーズや決められた形式をなぞっているだけでは、単に消費しているだけにすぎない。



「遊び上手な子は、遊びをいっぱい知っている子ではありません。遊びを創り出すことが出来る子が『遊び上手な子』なんです。」

というを言葉を、ある記事で見つけた。

http://plaza.rakuten.co.jp/moriheikou/diary/201111050000/

やはり消費と創造という切り口で書かれたものだ。


優れた演奏家には形式や理論は守りつつも、さらに「遊び」を生み出していく力があるのだと思う。

それは明らかに、消費ではなく創造によって生まれる。

あのワクワクする輝きは、まさしく創造によって生まれている。

それは過去の偉大な演奏家の功績だけを崇め、現在を否定していては生まれない。
過去の優れた演奏は、音源や映像に残っていれば聴ける。
だけど本当の意味での感動はやはり現在進行形で自分の皮膚で聴いて感じたものだけだ。


来年、1月から再びインドに行く。

今回は、出来るだけ同世代の若い優れた演奏家の中に入り、交流や実践を通して自分の体に、これから生まれてくる「遊び」を感じて来たい。

そして、共に新しい「遊び」を創造していきたい。

| 音楽 | 17:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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| 音楽 | 23:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ヴィジョン?予言?

記事は、今から30年前に現在の状況を予言していたスティーヴ・ジョブスのインタビューを紹介したもの。

jobs.jpg

http://news.livedoor.com/article/detail/9600025/?__from=mixi


ジョブスは、「推測するしかない」としながらも将来の展望を予想している。
だけど実際のところは、これは予想ではなく、彼の思い描いたヴィジョンを語ったものだ。
彼はそのヴィジョン通りに努力し、実現させた。


pc.jpg



後の人は「予言」だといい、当時の人は「夢」だとか言ったかもしれない。
30年前には、ほとんどの人が想像できなかったことが現実になり当たり前になる。

これはインターネットに限った話ではない。


ラヴィ・シャンカールという人は、インド音楽を世界へ広めた。
彼は世界へ出て行って、ただ既存のインド音楽を演奏するのではなく、「新しい時代のヴィジョン」を持ってそれを実現するための方法でやった。


「新しい時代のヴィジョン」に向かって進む。


インド音楽の現在を創って来たのは、過去の偉大な演奏家や現在の巨匠達。
だけどこれからを担うのは、明らかに今の若手になってくる。

この音楽が世界に伝播してから、もうすでに世代が変わる年月は流れているし、これからも変化し続けていく。

まずは、同時代のインドのミュージシャンと対等に演奏し時代を創造していきたい。

この音楽は、もっと世界的交流が広まり、もっとオープンなプラットフォームとして、人種や国籍を越えて、もっと創造され、もっと発展していく。

そういう未来。

そこに向かって、来年はさらに進むだけだ。

| 音楽 | 02:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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FBオフィシャルページが出来ました!

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来年のインドでは、どれだけ貪欲に揉まれて来られるかが勝負。

その様子もこちらで更新していきます。


| 音楽 | 02:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『ヨシダダイキチ x 指原一登』ライブ映像


「まだ未熟でヘタクソな頃から、ベテランで上手い人たちに混ざって、バカにされて笑われて、それでも恥ずかしがらずに頑張っていれば、特別な才能がなくても上達できる。道を踏み外したり、我流に固執することもないだろう。そのまま練習し続けていれば、そういう態度をバカにしていた人たちを遙かに超えて、達人になっていく。人間的にも成長するし、周囲からの尊敬も得られる。」
(徒然草 現代語訳より)




まだまだ詰めていく部分がたくさんある。

あとほんのコンマ何秒の世界。でもそれは音楽においては音が共振するかしないかの大きな違い。

リラックスしつつも高い集中力を維持し、音楽のながれを読み、どんな状態からでも、必要な音を必要な時に生み出していくこと。

音楽は常にその瞬間、瞬間に生まれている。

そういう瞬間を、インドでの師匠や優れた演奏家のコンサートで目撃し、体験してきた。
その体験は、すでに自分という存在を構成する一部でもある。







これは、先日の今年最後のヨシダダイキチさんとのライブの一部。

来年からの演奏は、こんなものではない。


| 音楽 | 21:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「インド音楽で生きていく」

141211_otokin.jpg


「インド音楽で生きていく」と設定したからには、本当の意味でのインド音楽が演奏出来なければならない。
上手い人、優秀な人、プロのレベルに達している人と練習やライブを重ねていくこと。

もうこれだけグローバルな時代にインド音楽を演奏するということは、少なくともインド人ミュージシャンと対等に演奏出来なければやっていけない。

もうひとつやふたつ下のレベル設定というものはない。
そこにあるのは、アマチュア・趣味の世界だ。


どうしてインドへ行くのか?

単にフレーズを習うだけでなく、インド人ミュージシャンに混ざり、もまれ、音楽そのものを吸収し、インド音楽が本来持っているダイナミクスと輝きを体に記憶させるためだ。そして自分が身を置くべき環境を作るため。

来年のインドでは、限られた時間の中でいかに貪欲になれるかが勝負だ。



http://virates.com/society/3975065

これから芸事を身につけようとする人は、
とかく「ヘタクソなうちは誰にも見せたくない。こっそり練習して、ある程度見られるようになってから披露するのがカッコいい」と言うものだけど、
そういうことを言っている人が最終的にモノになった例はひとつもない。

まだ未熟でヘタクソな頃から、ベテランで上手い人たちに混ざって、バカにされて笑われて、それでも恥ずかしがらずに頑張っていれば、特別な才能がなくても上達できる。
道を踏み外したり、我流に固執することもないだろう。そのまま練習し続けていれば、そういう態度をバカにしていた人たちを遙かに超えて、達人になっていく。人間的にも成長するし、周囲からの尊敬も得られる。

いまは「天下に並ぶ者なし」と言われている人でも、最初は笑われ、けなされ、屈辱を味わった。
それでもその人が正しく学び、その道を一歩一歩進み続けてきたおかげで、多くの人がその教えを授かることが出来るようになった。どんな世界でも、同じである。


| インド音楽 | 23:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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インタビュー第二弾と、解釈と創造の試行錯誤


明日の『ヨシダダイキチ x 指原一登』ライブを前に、僕のインタビュー記事第二弾が掲載されました。
ぜひ読んでみてください。

interview2.jpg

https://www.facebook.com/sitar.yoshidadaikiti/photos/a.298440513596665.67767.225932114180839/701669196607126/?type=1&theater





そして、ライブ前にもうちょっと踏み込んだひとこと。



インタビューでも触れているけど、インド古典音楽は、即興/創作という要素が始めから音楽に組み込まれている。
創作というのは、譜面に書かれている音符を正確に演奏するのではなく、音楽のフォームやコンセプトを理解し、演奏者自身が様々な解釈と創造を繰り返し試行錯誤しながら作りこんでいくものであるということ。
そしてその試行錯誤によって生まれた「何重にも細密に練られた解釈と創造」の先にあるのが即興であるということ。



ヨシダダイキチさんと繰り返し繰り返し練習しているのは、その解釈と創造の試行錯誤の部分。

具体的には、全体の物語性と各シーンをイメージし、それぞれのシーンのテンポや音量、音数、メロディやリズムのコンセプト、シーンとシーンの繋がり方など細部にいたるまでを、楽器を演奏しながらだけでなく、イメージやモチーフを共有するための議論、そして全体の物語性とイメージにいかに近づいているかを秒単位で検証、そういう試行錯誤を何回も何回も繰り返している。


この「何重にも細密に練られた解釈と創造」が、実際に演奏する上での面白い部分でもあるし、インド音楽の変遷と発展を見たときには最も重要な部分であるといえる。奏者が個性を生み出しているのもここだ。
そしてその先にある即興的な閃きが、この音楽にどうしようもない華やかさと輝きという極上の仕上げを加えている。


しかし、今までインド音楽を演奏する上で、実際ここまで解釈と創造の試行錯誤に時間を裂いてライブに臨んだことはなかった。
イメージの共有、演奏の細部までこだわり、音楽の物語性を表現し聴衆に伝えていく、そのために重ねる試行錯誤、ということは今までやって来ていない。

「即興」という言葉が隠れ蓑になっているんじゃないか?というのがまさにこういうところだ。

だから当然、この音楽本来の持つ華やかさと輝きなどは誰にも伝わっていない。





そのままでは音楽も発展しない、自分も成長しない、そして多くの人に聴いてもらえない、だからインド音楽では食えない、先が見えない、続けられない、、そんな悪循環とどうしようもない閉塞感を感じているのが、この10年やってきた自分とそれを取り巻く現状だ。




だけどこれからの10年は違う。そんな現状はぶち壊して変える。

この音楽が本来持つ華やかさと輝きを伝えたい。




それを証明して行くライブです。


12/11(木)『ヨシダダイキチ x 指原一登』

【場所】音や金時
     杉並区西荻北2-2-14-B1
     TEL: 03-5382-2020
     http://www2.u-netsurf.ne.jp/~otokin/
【時間】開場18:30/開演19:30
【料金】2500円
【詳細】https://www.facebook.com/events/391670337664809/


| ライブ予定 | 20:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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●12/11(木)『ヨシダダイキチ x 指原一登』

12/11(木)の『ヨシダダイキチ x 指原一登』

何がインド音楽をインド音楽たらしめているか、徹底的な細部の追求、音楽への昇華、手加減なしの演奏をかたくなに続ける唯一のライブ。



リンクは、先月のライブに当たっての僕のインタビュー記事ですが、参考までにもう一度。

interview1.jpg

https://www.facebook.com/sitar.yoshidadaikiti/photos/a.298440513596665.67767.225932114180839/685582734882439/?type=1&theater



先月の『ヨシダダイキチ x 指原一登』の演奏は、終わってみれば110分に及ぶ加熱具合でしたが、どうしてそういう長さが必要だったかは聴いていただいた方はお分かりになったのではないでしょうか。
一度でも聴いていただけたら伝わると思います。

インド音楽では表現されるべきダイナミクスの幅というものがある。

「即興と創作」によるインド音楽のどこに魅力があるのか、また書こうと思います。


12/11(木)のライブ詳細はこちらです。
https://www.facebook.com/events/391670337664809/

| ライブ予定 | 20:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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なぜ90分聴けるのか?

なぜ90分聴けるのか?

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本来時間の問題じゃない音楽だけど、90分の演奏にこだわっているのは、90分以上の演奏になると否が応でも音楽の本質的な部分と向き合わなくてはいけないから。



音色が綺麗とか好きとか雰囲気とかだけではもちろんは90分聴けない。
それに一部のマニアにしか分からないような細かい音使いだったり、難解過ぎるリズム遊びだったり、何をやっているのか分からない程のスピード重視の力技だったりだけでも90分はしんどい。



ではなぜ90分も聴けるのか?


映画が120分だとして何故観ていられるのか?
主演女優だけが目当ての人もいるだろう、テクニカルな部分にフォーカスを当てる人もいるだろう。
でも多くの人は、やっぱりストーリーだったり展開だったりで観ているのではないだろうか。それが映像の美しさとか細部の作り込みや仕掛けによって演出される。
作り手からしても、長編を撮るとなると、抽象的なショートフィルムや専門家向けの技術的な作品とは当然違ってくる。


これがそのままインド音楽にも言える。


90分という演奏は、今まで日本ではほとんど行われて来ていない。演奏しなければ、そこにある時間以上の違いにも直面しない。もちろん直面することもなければ芽生えない意識がある。
抽象的なショートフィルム的なものや技術作品的なもの、またはショートカットのあらすじだけでは多くの人に届く音楽にはならない。
そういう意味では、この国のインド音楽は"音楽"として未熟なままだ。成熟していない。だからやっぱりまだ多くの人には届いていない現状がある。

だけど成熟させていくことは可能だし、それをしていきたい。



以前シェアしたリンクだけど、もう一度このメッセージを考えたい。
http://logmi.jp/19098

stop learning, start thinking, start creating, be the field



なぜ90分聴けるのか?



ここから取り組みが出発しないと始まらない。

90分、実際の演奏においてそれはメロディーだけの取り組みでも、タブラだけの取り組みでも成立しない。

90分自体がチャレンジングなんじゃなくて、本来は10分でも20分でもチャレンジングなはずだ。

| インド音楽 | 23:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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